円安とインフレと経済

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円安とインフレと経済

円安って悪?

2022年10月以降、数十年ぶりの円安となっています。
現行の貿易では、特定の取り決めが二国間で無い限り、ドル建てで取引されます。
従って円安が進行すると、1000ドル分の小麦を買おうと思ったらより多くの日本円を支払わなくてはいけません。原材料の多くを輸入に頼っている日本では、原価の高騰に直結します。これは困りました。
しかし、原価が上がった分を上乗せして、その1000ドル分の小麦で作ったパンを2000ドルで売りました。円安が手伝って、同じ2000ドルでより多くの日本円を手にすることが出来ました。儲かっちゃいますね。
ん?何が問題なのでしょう?
先ず、直近の貿易収支はマイナスであること。特に2022年は過去最大赤字になる見込みのようです。そもそも売って得ているお金より、買う時に支払っているお金の方が多いので、円安の影響は悪い方向に働いています。
買っている程売ってないのであれば、買ったものは国内消費にまわっているということです。当然ですが、より多くの日本円を支払って手に入れたものは、より高い値段で取引されます。物価高、インフレーションというヤツです。
その物価高の主犯格は原油です。2022年の初めの時点では1バレル76ドルだったのが、10月時点では100ドル超になっています。そこに追い打ちを掛けるように円安がのしかかり、同じ100ドルがより高くなってしまいます。
みなさんご存知のとおり、原油はあらゆるものに利用されています。従って、多くのものがその影響を受けます。例えばハウス栽培の野菜などは、温度調節用の燃料費の高騰から、軒並み値上がりしています。
極端な、そして急速な為替変動は良くなさそうです。

新聞に「マイナス成長」の文字
UnsplashFLY:Dが撮影した写真

インフレって悪?

本来インフレーションが起こる時の典型的なパターンは、俗に言われる好景気の時です。景気が良いと物が良く売れます。いっぱい売れるのでいっぱい作りたくなります。いっぱい作りたいので、いっぱい人を雇います。人の取り合いになるので、賃金相場が上がります。給与が増えるので、欲しい物が買えます。みんなの買い物が増えるので、物が良く売れます。鶏と卵のような話ですが、物の価格を決めるのは需要と供給のバランスなので、欲しい人が多ければ、それに伴って価格は上昇します。これはある意味健全な(?)インフレのパターンです。
しかし、賃金が相対的に低い人や、賃金上昇率が物価上昇率を下回っている人にとってはどうでしょう?給与は増えないのに、毎日の食費や光熱費は嵩んでいきます。経済がインフレの食い物にされる時、一番の被害者は低所得者層となります。

先程の鶏と卵の話には続きがあります。
物が良く売れると、「これはビジネスチャンスだ。」と思う人が増えます。儲かりそうな事業に投資します。物がたくさん売れるうえに、投資家からのお金も集まった企業は、事業を拡大します。大きな工場やショッピングモール、テーマパークに宅地開発。お金も土地もたくさん必要です。でも大丈夫。みんなが土地を買い漁るから、土地の値段は上がっていきます。これを担保にお金が借りられそうです。
銀行も安心です。景気の波に乗っかって利益を出している企業が、更なる利益を得ようとしているのです。最悪焦げ付いたって、土地を没収して売り払えば良いのです。そうと決まれば銀行にとっても儲けるチャンスです。お金を借りたい企業がたくさん居る今なら、ちょっと高めの利子でもイケそうです。なんせ世間は右肩上がりですから。
上がった金利を見て、更にお金が動きます。日本円に替えて貯金してみたり、日本円建ての金融商品を購入したりと、あちこちから外貨が流れ込みます。日本円人気が高くなった分、日本円の価値も上がっていきます。円高です。

この話にも、まだ続きがあります。
他の通貨全般に対して相対的に円の力が強くなれば、更なる資金流入が起こります。そして外貨に対する格差が許容の限界に近づくに連れて、世界中で「日本の物って高いんじゃね?」という声が大きくなっていきます。高くて買えない、こんな値段なら他所から買う、これだけ払うぐらいなら自国生産でも採算合うんじゃね?となっていくのです。
さあ困りました。いっぱい売れると思って工場を増やして増産していたのに、まだその投資分すら回収していないうちに見込んでいたほど物が売れなくなって来ました。取り敢えず使うお金を減らします。新しい設備の購入を控え、仕入れを値切り、雇用を減らし、賃金を減らします。大きい企業に設備を納入していた業者、原材料を卸していた業者などの受注も一気に減っていきます。そうした業者達も売上が減った分、出費を減らします。運が良くても賃金低下、運が悪ければ解雇です。平均所得が下がり、失業率が上がり、社会保障費が上がります。その結果市場の購買能力が低下し、更に物が売れなくなっていきます。
追い打ちを掛けるような市場の冷え込みが、企業を更に苦しめます。もう支出を抑える程度では生き残れそうにありません。好景気に準じた高い金利で借りたお金の返済がまだ残っています。幸か不幸か、見込み生産量や販売量を下回っている分、調子に乗って建てた店舗や工場が余りそうです。これらを現金化して返済に回します。
今までみんなが欲しい欲しいと言っていた土地が、どんどん売られていきます。でも、元気のある企業が減った今、それを欲しがる相手も減っています。買い手が見つからない土地が増え、余ってきました。もう土地の値段を下げるしかありません。
「借りたお金はきっちり返しましょうねぇ」などと言っていた銀行も、これには慌てます。最悪土地を抑えとけば、と思って貸していた金額より、土地の売却価格の方が低くなってしまうと大損です。こんな時に「倒産しそうだからお金貸してくれ」なんて会社にはお金なんて貸せません。それどころか、今貸しているお金だって帰って来ないかもしれません。ヤバそうなところから順番に回収した方が良さそうです。
銀行に見放された企業は、苦渋の決断を迫られます。倒産です。かろうじて善戦していた企業の中にも、取引相手が次々倒産していく事で次第に体力を奪われ、連鎖的に倒産するところが出てきました。失業者が増え、公園のブランコは満席です。
職を失った人や所得の減った人達が増えた今、余分な物や高価な物はあまり売れません。より安い物の方が売れるので、価格競争が始まります。デフレです。

法人の収益は減り、個人の所得は減り、市場の消費活動も低迷してしまいました。税収は減る一方なのに、社会保障費は膨れ上がっていきます。みんなが利益重視で好き勝手やった結果なのに、国民は「国がなんとかしろ」とまた勝手な事を言います。しかし国としてもこの状況を看過出来ません。そりゃそうです。国=国民なのですから。
先ずは政策金利を下げます。日本銀行が各銀行にお金を貸す時の金利です。そうすれば各銀行の貸付金利も下がるので、企業の返済が少し楽になる分同じ価格での販売で利益が出やすくなります。少し時間は掛かりますが、徐々に企業の体力が回復していきます。

金利が下がった事で、日本円で資産を保有するメリットが下がってきました。もっと金利の高い通貨に替えた方が儲かりそうです。たくさんの人が日本円を売って他の通貨に替えていくと、相対的に円の価値が下がります。円安です。
円安が進むと、他の通貨を持っている人には日本がお買い得になります。今まで高かった日本製品が安く手に入り、日本への旅行が安く済みます。
こうして少しずつ輸出品が売れ始め、観光客が外貨を落として行きます。それで少し潤った人達に、控えていた外食に行く余裕が生まれます。誤魔化し誤魔化し乗っていた古い車もやっと買い換えれそうです。
車が一時期より売れ始めました。もっと作った方が良さそうです。経営が厳しかったので、最小限の人しかいません。止めていた設備を稼働させ、人をもっと雇います。
求人の数も条件も、一時期より良くなってきました。仕事が増えた分残業も増えて、手取りも増えました。これなら我慢していた毎日一本のビールも飲めそうです。倹約していた為に我慢していた外食もたまには行けそうです。
レストランに人が戻ってきました。もうパートのおばちゃん二人では追いつかなさそうです。もっと人を雇わないと。

こうして景気は回復しました。景気が良いと物が良く売れます。いっぱい売れるのでいっぱい作りたくなります。いっぱい作りたいので、いっぱい人を雇います。人の取り合いになるので、賃金相場が上がります。給与が増えるので、欲しい物が買えます。みんなの買い物が増えるので、物が更に良く売れます。
あれ?どこかで聞いた話ですね。

ローソク足チャート
UnsplashMaxim Hopmanが撮影した写真

そもそもなぜ円安?

だいぶ寄り道しましたが、この度の円安について話を戻しましょう。
今回の円安はなぜ起こったのでしょう?
答えはズバリ金利差です。アメリカと日本の二国間の金利差が短期間で大きく開いて行っているからです。2022年の始まりの時点で0.25%だったアメリカの政策金利が2023年5月現在5.25%なのに対して、日本の政策金利は-0.1%です。そしてアメリカはまだまだ上げると言っています。

先程の話の中で触れましたが、金利の高い通貨で資産運用した方が儲かるので、市場の人気がドルに集中します。つまり、円が安くなっていると言うよりは、ドルが他の通貨全般に対して高くなっている為、ドル以外の通貨が相対的に安くなっているということです。
しかしドルは基軸通貨なので、世界中の貿易全てに影響します。迷惑な話です。

ではなぜアメリカは、こうも立て続けに金利を上げているのでしょう?
それは、インフレを食い止める為です。金利を上げるとインフレが止まる?どういう事でしょう?
先程の話では、景気対策として政策金利を下げるケースが登場しました。(マイナス金利については機会があればご説明致します。)しかし今回は金利を上げるケースです。何が起こるか考えてみます。
賛否両論ありますが、あのヅラっぽい大統領のおかげか、アメリカ経済は絶好調です。アメリカは世界で消費される原油の4分の1近い量を消費します。その国の経済活動が活発になるということは、原油の需要が上がるという予測に繋がります。原油の採掘量は砂漠の王子様たちの胸先三寸です。チャンスです。供給量がさほど変わらないのに需要が高まれば、きっと価格が上がるはずです。原油の先物を買っとけば儲かるんじゃね?
原油の先物の買い注文にお金が集まり、あれよあれよと言う間に原油価格が高騰しました。当然大量の原油を消費するアメリカに大きな影響を与えます。実際にはアメリカだけではありません。全世界規模で波及します。資源の調達コストの上昇は、物販価格に反映されます。物の値段が上がり始めても、好景気に支えられて消費は冷え込みません。相互作用によりどんどん物価が上がっていきます。しかし専門家たちはこの状況を、コロナショックのリバウンドとロシアの怖い人がドンパチ始めた影響が重なった一時的なものであり、そのうち収束するから下手にどうこうしない方が良い、と放置しました。でも実際には収束どころか物価は上がり続けます。このままだとヤバいんじゃね?という空気が流れ始めました。一時的なものだという見誤りが事態をより悪化させたようです。

インフレの一番の犠牲者は低所得者層です。様子を見ながらなんて悠長な事は言ってられません。インフレ退治は急務です。
経済成長を促す為に低い水準に留めていた政策金利を、一気に引き上げます。金利を下げて経済成長を促すということは、金利を上げれば景気が後退するということです。企業が資金調達し難くなり、事業にブレーキが掛かります。住宅ローンの金利が急に上がるので、マイホームは断念しなくてはいけません。それでも利益を維持したい企業は賃金を下げ、人を解雇します。失業率は上がり、平均所得は下がります。その一方で、多少の余裕がある人達は、お金を貯蓄にまわします。当然消費は冷え込み、物価は下がります。それがどうやら今回のシナリオのようです。初動がもっと早ければ、ちょっと金利を上げて様子を見て、足りなければまたちょっと上げてといった具合に、景気後退の被害を最小限に留める事も可能だったかもしれません。しかしこの状況では、やり足りないよりはやり過ぎの方がまだマシという判断です。要するに、景気を意図的に後退させて物価を抑え込む作戦です。恐らくもう既にオーバーシュート気味だとは思いますが…

じゃあ金利上げればいいんじゃね?

二国間の金利差が円安の原因で、その円安で苦しんでいるのなら、金利を上げれば解決するのではないでしょうか?実際に多くの国が今回のドル高騰への対応として政策金利を上げています。日本はやらないのでしょうか?

日本が政策金利を上げる可能性はありますが、最終手段だと思います。景気後退を促進させたくないとか、日銀が逆サヤ状態になるとか、いろいろ事情はありますが、忘れてはいけないのが日本の借金です。現在日本は1000兆円を超える借金を抱えています。それに係る利子が増えたら…
恐ろしいことです。
そう易易と金利を上げるわけにはいかなさそうです。その代わり、為替介入することと、「介入するぞ」と口先介入(?)することで牽制しています。そうこうしているうちに、アメリカが自爆してくれないかなあというのが本音なのかもしれません。

更なる利益を追求する事に邁進し続けると、それが産み出す結果によって自分たちが苦しめられるとは皮肉なものです。
そしてその被害はより弱い者の方に集中します。
社会的影響力の大きさに比例して社会的責任も大きくなる事を理解して、中長期的視野を持っていろいろな決断を下していくような人が増えれば、世の中少しは変わって行くのかもしれません。

カバー画像

UnsplashDominik Lückmannが撮影した写真

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